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東京高等裁判所 昭和34年(ラ)117号 決定 1960年5月26日

抗告人 百橋タカ

相手方 百橋茂雄

主文

原決定を取り消す。

本件を東京地方裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告理由は、別紙「抗告理由」および「抗告理由追加申立」に記載するとおりである。

そこで考えてみると、人事訴訟手続法第十六条は「子ノ監護其他ノ仮処分ニ付テハ民事訴訟法第七百五十六条乃至第七百六十三条ノ規定ヲ準用ス」と定めているが、前条との対照上、右にいわゆる「其他ノ仮処分」の中には財産分与に関するものも包含すると解するのを相当とする。これに反し、財産分与の請求は、原則として審判事項であり、本質的には非訟事件たる性格を有すること、ならびにこの場合には保全の対象たるべき具体的権利が存在しないことなどを理由として、財産分与の請求には、民事訴訟法上の保全処分は許されないとする見解もあるけれども、離婚当事者間において財産分与に関する協議が調わない場合には、その財産を保全する処置を必要とする場合の起りうることは、容易に推測されるところである。家事審判規則第五十六条の二が「財産の分与に関する審判の申立があつたときは、家庭裁判所は、分与すべき者の財産の保全について、臨時に、必要な処分をすることができる」と定めているのはこれがためであるが、財産保全の必要性は、ひとり審判手続によつて財産分与を請求する場合に限らず、離婚の訴に併合してそれをなす場合にも存するのであつて、両者を比較すれば、むしろ後者の方がその必要度が高い場合が多いものと認められるにかかわらず、これについては前記規則で認められているような特別の保全処分は認められていないから、両者の権衡からいつても、後者の場合に通常の手続による保全処分を拒否すべきいわれはない。もつとも、審判手続によつて財産分与を請求する場合には、既に離婚そのものは確定しており、財産分与について裁判所の裁断を必要とするだけであるのに反し、離婚の訴と共にする財産分与請求の場合においては、その前提となる離婚が認められるかどうかさえ不確定であり、延いて保全の対象となるべき権利の内容も甚だ不安定であることはいなめない(従つて、多くの場合疏明が足りないことになるであろう)けれども、そもそも保全手続においては、被保全権利ならびにその保全の必要性は、疏明するを以て足り、時には保証を以てこれに代えることさえありうるのであるから、その権利や保全の必要性の存在が、一応認められる程度の疏明がある場合には、その保全処分を許容するのが相当である。また現行法上、財産分与の請求は、独立した訴訟で請求することはできないが、これを離婚の訴と併せて請求することは許されているのであつて、この場合には一般の民事訴訟の対象となりうることは、人事訴訟手続法第十五条に徴して明らかであるから、それは必ずしも民事訴訟法の定める保全処分に親しまないものではない。以上要するに、離婚の訴に併合して財産分与の請求をする者は、人事訴訟手続法第十六条により民事訴訟法第七百五十六条ないし第七百六十三条に定める保全処分を求めることができるものと解するのを相当とする。してみると、原裁判所が右と反対の見地に立ち、抗告人からなされた本件仮処分の申請を却下したのは、法の解釈適用を誤つた違法があるから原決定は取消を免れない。

よつて本件抗告は理由があるから原決定を取り消し、本件申請理由の審理をなすため本件を原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(裁判官 奥田嘉治 岸上康夫 下関忠義)

抗告理由

抗告理由第一点

一、原決定の理由

原決定はその理由中に

離婚によつて生じる財産分与請求権は当然には債権的にも物権的にも具体的財産に対する支配権能を内容とするものでなく、家庭裁判所の処分により特定財産の給付請求権が形成されてはじめてその限度の具体的権能をかち得るものである(原審決定第一丁裏九行目から第二丁表二行目まで)

債権者の求める仮処分は財産分与の裁判により本件不動産の給付請求権が形成されることを前提として右請求権を被保全権利としてなされる係争物に関する仮処分であつて右裁判手続を本案とするものであると解されるが――これを前提とする本件仮処分はその余の判断をなすまでもなくこれを許すべきでない(原審決定第四丁表末行から同丁裏六行目まで)

なお離婚によつて生ずべき財産分与請求権は前述のように当然には具体的財産に対する支配権を意味しないからこれを被保全権利としてなす本件不動産に対する仮処分が請求の範囲を超え仮処分の目的を逸脱するものであつて許さるべきものでない(原決定第四丁裏十一行目から第五丁表三行目まで)

とある

二、抗告理由

右原審の決定は財産分与請求権の性質及び抗告人の求める仮処分につき重大な誤解があり、之に基いて決定をした違法があるから破棄せられるべきものである。

(一) 離婚によつて生じる財産分与請求権の性質

民法第七六八条によつて離婚した者の一方に附与せられた財産分与請求権の法律上の性質については種々の学説があるが、夫婦共同生活の結果である財産の清算であるという点で一致している(我妻栄著改正親族相続法解説七二頁、柚木馨著親族法一四八頁その他中川善之助、有泉享、末川博、川島武宣等)宛も組合財産の持分払戻請求権、共同相続人の遺産分割請求権の如くである。福岡高等裁判所は昭和二九年一二月二五日の決定において夫婦はその一方が婚姻中に得た財産につき持分的な権利を有し、財産分与請求権はその持分の払戻であると説示してゐる。

右財産分与請求権は離婚者の一方が他方に対して有する債権で他方の全財産を以て弁済すべき所謂無限責任債務であつて、必要があれば他方の有する総財産につき保全処分をなし得べく、その保全処分の性質は破産法第一五五条、和議法第二〇条、商法第三八六条、会社更生法第三九条と同様である。

右財産分与請求権の行使は一身専属であるがそれが一度行使せられたときは一般債権と異るところはない。名古屋高等裁判所は昭和二七年七月三日の決定で離婚当事者の財産分与請求権は既にその当事者の分与請求の意思が表示されたときは未だ調停又は協議の成立若くは協議に代る裁判所の処分が完結しなくとも普通の財産権と同様相続され得べき権利であると説明してゐる(高等裁判所判例集第五巻第六号二六五頁)

叙上の如く離婚によつて生ずる財産分与請求権は離婚の一方の当事者の他方の当事者に対する債権であつて、原決定の謂うように特定財産の給付請求権が形成されてはじめてその限度の具体的権能をかち得るものではない。原審は財産分与請求権の性質を誤認し、これに基いて決定したもので破棄せらるべきものである。

(二) 抗告人の求める仮処分

原決定は抗告人の求める仮処分は、財産分与の裁判により本件不動産の給付請求権が形成されることを前提として右請求権を被保全権利としてなされる係争物に関する仮処分である。又抗告人は本件不動産に対する具体的支配権を被保全権利とする仮処分であると解し原決定をしたものゝ如くであるが之は誤解である。

抗告人は前記の如く相手方所有の全財産の上に分与請求権を有し、その分与請求権を保全するため本件申請をしたものであつて具体的に本件不動産につき分与請求権が形成されるとか、本件不動産につき具体的支配権を有することを前提として申請したものではない。

債務者の全財産を以て債務の弁済に充当させることのできる無限責任債権に関する債務名義においては、当該債務名義に執行の目的たる財産を列記する必要はないので、債権者は自由選択の上債務者の何れの財産に対しても強制執行をなし得るのである。唯現実の執行手続に当つて執行の目的たる財産が特定するのである最高裁判所昭和二九年(オ)第三八号同三二年一月三一日第一小法廷の判決(最高裁判所判例集第十一巻第一号一八八頁)は次の如く判示してゐる。債権者は先づ仮差押の申請のみをなし、債権者のために債務者の財産に対し仮差押をなし得べきことを内容とする仮差押命令を得た後において民訴七四九条二項の期間内に、これを債務名義として任意選定した債務者の財産を指示してその執行申立をなし得べきこと多言をまたないところであると。

右の判示は本件の如く相手方(債務者)所有の総財産につき保全処分の申請をなし得る場合にその財産の内本件不動産につきてのみ仮処分を申請する場合にも妥当する。

原決定は抗告人の申請を誤解してなされたもので、破棄せらるべきである。

論者或は謂はん、然らば仮差押の申請をしては如何と。仮差押は金銭の債権又は金銭の債権に換ふることを得べき請求についての強制執行保全方法である。然るに財産分与請求権は有体動産、債権その他の財産権、不動産等債務者所有の総財産につき分与を請求する権利であつて金銭債権ではないから仮差押によつてはその執行を保全することができない。此の点につき財産分与請求権と慰藉料債権とに差異のあるところである。

抗告理由第二点

一、原決定の理由

原決定はその理由中に

民事訴訟法の規定する仮処分は同法第七百五十五条にいわゆる係争物に関する仮処分にしても同法第七百六十条にいわゆる仮の地位を定めるための仮処分にしても同法第七百五十六条、第七百四十六条が起訴命令不遵守による仮処分の取消を認める点からも知られるとおり常に被保全権利が本案の手続において終局的に確定されることを前提としそれまでの暫定的、仮定的措置としてのみ許さるべきものであるからその本来的使命に照せば本案の手続としては被保全権利の存否が仮処分の段階において既に当事者それぞれの立場から法適用の主張として争はれ終局的には裁判所の判断に伴う実体的確定力(既判力)により確定されることの可能な訴訟手続に限つてその適格を認むべく手続の性質、構造において訴訟と趣を異にしそこで形成されることあるべき債務名義にしても端的に創設された権利を表示するに止まり既存の権利乃至形成要件に既判力を与へるものではないところの非訟事件手続にまでこれが適格を認め得るものではない(原決定第二丁裏十行目から第三丁表末行まで)

法的実在としての権利は一般にその実践的要請に基き自己実現の機能を有すると共に自己実現前においても自己保全の機能を有するものであつて仮処分手続においてはかような保全権能の存否が審判又実現の対象となるものと考えられるところ仮処分の段階において法的実在性を主張し得る権利としては訴訟の目的たるに適するものを措いて他になく非訟事件手続により形成される権利の如きはたとえ形成の可能性があつてもいまだ法的実在性を主張し得るものではないから理論上仮処分の対象とするに足りない(原決定第三丁表末行から同裏八行目まで)

非訟事件手続により形成される権利は訴訟手続により確定される権利と異り法の適用によらず専ら裁量により形成されるものであるために事前にその存否又は内容を認定することが不可能である(原決定第三丁裏末行から第四丁表三行目まで)

非訟事件手続を本案として特定財産に対する保全権能の存否及び内容を判断しこれに基き仮処分の実質的内容を決定するのに論理上の手がかりがないことになる。従つて仮処分の本案たる適格の有無が訴訟手続たると非訟事件たるとによつて岐れるのも、けだし当然といわなければならない(原決定第四丁表七行目から十一行目まで)

とある。

二、抗告理由

右決定理由は実定法の規定と裁判例とを無視した暴論である。実定法において将来形成せられる権利に基く場合も、被保全権利が本案の手続において終局的に確定せられる場合でなくても、保全権能の存否が仮処分の段階において法的実在性を主張し得る権利でなくても仮処分が許される。

原決定は左記法条の存在を無視した議論である。

人事訴訟法第十六条、第三十二条の仮処分

商法第二七〇条、第三八六条の仮処分

破産法第一五五条の仮処分

和議法第二〇条の仮処分

会社更正法第三九条の仮処分

原決定は非訟事件手続により形成される権利は事前にその存否又は内容を認定することが不可能であり、仮処分段階において法的実在を主張し得ない権利は仮処分の適格を有しないという。

人事訴訟手続法第十六条の明文に曰く、子の監護其の他の仮処分に付ては民事訴訟法第七百五十六条乃至第七百六十三条の規定を準用すと。右法条は人事訴訟手続において婚姻の取消、離婚その他判決によつて将来形成せられる権利についても仮処分が許されることを明規したものである。大森洪太氏人事訴訟手続法九一頁に曰く、婚姻事件につき仮処分の許されることは人訴第十六条の明規するところである。元来同条の規定がなくとも民事訴訟法の当然の適用として、仮処分の許されることは(其の性質の許す限り)、疑うべからざるところであるが、本法は実際の運用上、疑を生ずることを慮つて、特に明文を設けたのであつて、此の規定は所謂解釈法規たる性質を帯びてゐると。

大正十五年(オ)第二八四号同年六月十一日第二民事部判決は隠居無効の訴を提起することを得る者は相続財産処分禁止の仮処分を申請することを得る旨を判示し(大審院民事判例集第五巻四五九頁)

昭和十四年(オ)第二〇一号昭和十五年一月十三日第三民事部判決(法律新聞第四五二〇号六頁)は上告人女戸主と被上告人とが入夫婚姻をした結果家督相続開始し、被上告人が戸主となり同人が相続の結果取得した不動産につき家督相続による所有権取得登記をなしたる後、上告人が被上告人に対し離婚請求の訴訟を提起し右判決が上告人の勝訴に確定すればその長男が被上告人の家督を相続すべきところ被上告人が右不動産につき処分又は隠匿する虞ありとしてその処分禁止の仮処分を申請した事件につき次の如く判示してゐる。

離婚請求訴訟において上告人勝訴の判決確定したる暁においては長男義弘が被上告人の家督を相続し上告人は右義弘の母たる親権者として其の相続財産を管理すべき法律上の地位に立つべきこと明かなるを以て若し被上告人において右本案訴訟の進行中本件不動産を任意に処分し若くは之を匿隠するの虞あるにおいては(中略)人事訴訟手続法第十六条の規定に従ひ本件不動産に対する処分禁止の仮処分を認容し得べきものと解するを相当とし云々即ち将来形成せらるべき権利に基く仮処分が許容せられるべきものであることが明かである。

以上の如く原決定は法令の解釈及適用を誤つたものであるから破棄すべきものである。

抗告理由第三点

一、原決定の理由

原決定はその理由中に

家庭裁判所の財産分与に関する処分は――法の適用による当然実在すべき権利乃至形成要件に実体的確定力を与える性質のものではないからいわゆる非訟事件に属し特別の規定がない限り民事訴訟の対象たるに適しないものといわなければならない(原決定第二丁表三行から同末行まで)

人事訴訟法第十五条の規定により離婚の訴において受訴裁判所が申立により離婚の判決と同時にその主文に掲げる形式で財産分与の処分をなし得るがそれは――離婚の手続に附随して審判する便宜を認めたものであつて手続の本質に触れるものとは解されない。従つてこれに関する申立も性質上訴でないから裁判所を拘束するものではなく又その裁判も家庭裁判所のなす財産分与の審判と同様に裁量的裁判であるから既判力を生ずるものではないと解する(原決定第二丁表末行から裏面九行目まで)

債権者の求める仮処分は財産分与の裁判により本件不動産の給付請求権が形成されることを前提とし右請求権を被保全権利としてなされる係争物に関する仮処分であつて右裁判手続を本案とするものであると解されるが右裁判手続が本質的には非訟事件手続であつて仮処分の本案たる適格を有しないものであることは前述のところから明かであるゆえこれを前提とする本件仮処分はその余の判断をなすまでもこれを許すべきものでないことが知られる。もつとも人事訴訟法第十六条の規定によれば民事訴訟法第七百五十六条乃至第七百六十三条の規定の準用により財産分与の仮処分が子の監護の仮処分とともに許されるように見えるけれども民事訴訟法の規定する仮処分の前述のような性格を具えない仮処分を認める趣旨には解し難い(原決定第四丁表末行から同丁裏十一行目まで)

とある。

二、抗告理由

右原審の決定理由は多岐に亘るが、要するに

家庭裁判所の財産分与に関する処分は非訟事件に属し特別の規定がない限り民事訴訟の対象とならない。

人事訴訟手続法第十五条第一項の申立は性質上訴ではないから裁判所を拘束せずその裁判も既判力を生じない。

財産分与の裁判手続は本質的には非訟事件手続であつて仮処分の本案たる適格を有しない

というにあるようである。その判示は何れも全く原審独自の見解であつて実定法及判例にも反する不法のものであるから原審の決定は全部破棄すべきである。

(一) 離婚の訴においてなす財産分与請求の申立は非訟事件ではない

原審決定は非訟事件と訴訟事件とを独断的にいとも簡単に区分し、離婚の訴においてなす財産分与請求の申立は非訟事件であると断定した。然し非訟事件の性質如何の問題はかく簡単に片附けられるものではない。(小野木常氏非訟事件の本質、民事訴訟法講座第五巻一三八三頁以下)又訴訟事件と非訟事件との区別をどこに求めるべきかわ種々議論され、現在はその理論的区別をたてることを断念するのがほぼ通説であるという。(三ケ月章氏民事訴訟法四六頁法律学全集)

離婚の訴においてなす財産分与請求の申立が訴訟事件が非訟事件かわ実定法の規定に基いて之をなすべきものである。即ち実定法で訴訟事件として訴訟手続によることを規定し且訴訟裁判所の管轄としてゐる以上右事件は訴訟事件である。或る種の事件を訴訟事件とするか非訟事件とするかわ立法の便宜乃至自由であつて事件の本質に関するところはない。旧来通常訴訟事件であつたもの(たとへば改正前の民法第九六一条第九六二条の扶養の程度方法、同改正前の第一〇一〇条第一〇一二条第二五八条の遺産の分割)を法律の改正により非訟事件とした。最高裁判所も私権に関する裁判を如何なる手続によらしめるかは事件の種類、性質に応じて、憲法の許す範囲において立法により定め得る事項であるとしてゐる。(最高裁判所判例集第十二巻三八四頁)

人事訴訟手続法第十五条第一項は夫婦の一方が提起する離婚の訴においては裁判所は申立により当事者の一方をして他の一方に対し財産の分与をなさしむることを得と定め、同条第三項はその裁判は判決の主文に掲げて之をなすべしと規定する。右申立は裁判を求める申立で、この申立があるときは裁判所は訴訟手続により判決主文に掲げてその裁判をすることを要するのである。即ち訴訟事件として訴訟手続により裁判するのである。原審の決定は右申立は性質上訴でないから裁判所を拘束するものではないというが訴(本案の申立)でなくてもその申立に対し判決主文において応答することを要する申立であれば裁判所を拘束し、実質上訴(本案の申立)と異らない。

原決定が実定法の規定を無視し右申立を非訟事件であるとしてその理由に基き仮処分の申立を却下したのは不法である。

(二) 財産分与請求の裁判については既判力はないか

原決定は離婚の訴においてなす財産分与請求に対する裁判は家庭裁判所のなす財産分与の審判と同様に裁量的裁判であるから既判力を生ずるものではない。既判力により確定されることの可能性のない非訟事件手続には仮処分の適格がないとして本件仮処分の申請を却下した。

原決定の理由の如く財産分与請求の裁判が非訟事件であると仮定しても最高裁判所は非訟事件につき既判力を認めてゐる。(最高裁判所昭和二四年(オ)第一八二号昭和三三年三月五日大法廷判決判例集第十二巻第三号三八一頁)

又学説においても非訟事件の裁判が既判力を有するか否かにつき肯定説、否認説、中間説が存在し原決定所説の如く既判力がないと独断することは出来ない。(法曹時報第十一巻第二号一七八頁以下鈴木忠一氏非訟事件の裁判及び訴訟上の和解の既判力)かくの如き判例に反し学説を無視する理由に基く決定は不法である。

抗告理由第四点

一、原決定の理由

原決定はその理由中に

人事訴訟法第十六条の規定は民事訴訟法の規定する仮処分を前述のような性格を具へない仮処分を認める趣旨には解し難いと説示してゐる。

二、抗告理由

人事訴訟法第十六条の規定の趣旨は抗告理由第二点に詳述した通りである。

日本国憲法は両性の本質的平等を規定し之に基いて民法は財産分与請求権を認めてゐる。

而して財産分与請求権については実定法上左の仮処分を認めてゐる。

(一) 家事審判規則第五十六条により家事審判の申立をなすことができ、この場合には同規則第五十六条の二により保全処分が許される。

(二) 家事審判規則第三章により家事調停の申立をなすことができ、この場合は同規則第百三十三条により保全処分が許される。

(三) 民事調停法により調停申立をなすことも可能であり、この場合は同法第十二条の保全処分が許される。

(四) 人事訴訟手続法第十五条により離婚の訴において財産分与申立をすることができ、この場合は同法第十六条により保全処分が出来る。

尚兼子一氏著増補強制執行法第三一三頁及柳川真佐夫氏著保全訴訟一六八頁は右審判又は調停を本案としても仮処分を申請し得るとしてゐる。

然るに原審の如く人事訴訟手続法の明文を無視して仮処分を許さずというに至つては審判申立、調停申立については、その確定又は成立に至るまでの間に分与義務者の財産状態の変動により審判又は調停により定められた財産分与が実現し得なくなることを予想し、保全処分を許してゐるのに、訴訟手続による財産分与請求についてはその保全を許さずということになり、その請求手続により国家の保護を異にし、延ては憲法所定の裁判(により保護)を受ける権利を奪うことに帰する。

抗告理由追加申立

一、本案訴訟の存在

一、相手方から抗告人に対する東京地方裁判所昭和三三年(タ)第二四七号離婚の訴が繋属してゐる(疏甲第四、五号証)

その請求原因は婚姻の最初から抗告人の感じが悪い、態度が高圧的である。宗教団体解脱会に関係してゐる、性格が相違するので民法第七七〇条第五号により離婚を求めるというのである。

一、抗告人から相手方に対する離婚の反訴は東京地方裁判所昭和三四年(タ)第一三号で、その請求原因は相手方が抗告人の姪吉野八重子(昭和四年四月十一日生)と醜関係を結び、昭和三三年四月三日家出をなし、北区田端町六五八番の弐弐に土地建物を買入れ、これに同棲し、民法第七七〇条第一号の不貞な行為をしてゐるというにある(疏甲第七、八、九、十号証)

二、財産分与請求権の存在

相手方の資産は抗告人の協力によつて成立したものである。

一、相手方が抗告人と事実上の婚姻をしたのは昭和十二年二月十三日で、そのときは何等の資産を有してゐなかつた。

相手方は昭和十九年四月四日応召したがその時にも何等資産と称すべきものを有しなかつた。

抗告人は昭和二十年三月十日戦災に遇ひ無一物となつて神奈川県海老名町の実家に引移つた。

二、相手方は昭和二十年十一月之亦無一物で抗告人の実家に復員した昭和二十一年初め抗告人の姉武前から金八千円を借入れ之を以て千代田区神田西福田町四番地で借地権十六坪を入手した。これが相手方の今日の発展の基盤となつてゐる。

昭和二十二年三月相手方は右借地にバラツクを建てここで塗装店を開き今日に至つたが、その建設は茨城県石岡町で相手方が作つた塗下駄を抗告人が売捌いて得た金銭と抗告人が食糧等を東京に行商し所謂かつぎやをして得た金を以てしたもので、共稼の結果である。

三、相手方の塗装業については抗告人が血の滲む協力をして今日に至つたものである。

三、相手方の資産

一、相手方は自己名義を以て左記不動産を有する

東京都千代田区神田西福田町四番地の四

宅地 十六坪七勺

右同所同番

木造瓦葺弐階建事務所兼居宅 壱棟

建坪 拾参坪九合五勺

弐階 拾参坪九合五勺

二、相手方はその事業を会社組織とし、百橋塗装株式会社(払込済資本金三百万円、塗装業)百橋工業株式会社(払込済資本金二百万円、土建業)を主宰してゐる。

三、相手方の事業は時勢の推移と共に飛躍的発展を遂げ請負金額及利益は驚異的に躍進した。

その内容は疏甲第七号証反訴状及疏甲第八号証第一準備書面記載の通りであるから茲に之を引用する。

四、相手方はその主宰する会社及弟八郎の名義を以て数多の不動産を所有する。

その内容は疏甲第七号証反訴状記載の通りであるから茲に之を引用する。

北区田端町六五八番所在の土地建物も会社名義であるが実は相手方の妾宅で、抗告人の姪吉野八重子を妾としてここに同棲してゐる。

五、相手方は左記株式を所有してゐるが、その名義人を仮設人(百橋一郎、百橋二郎、百橋正二郎)他人名義(百橋八郎)としてゐる。

ステンレス 四、〇〇〇株

三菱電機 一、〇〇〇株

富士紡 一、〇〇〇株

東北パルプ 一、〇〇〇株

東洋ベアリング 一、〇〇〇株

北辰電機 五、〇〇〇株

日魯漁業 一、五〇〇株

三菱造船 二、〇〇〇株

三菱海運 一〇、〇〇〇株

日東商船 一〇、〇〇〇株

鉄興社 一〇、〇〇〇株

日本通運 一、〇〇〇株

東京海上 二、〇〇〇株

六、相手方は自己名義、会社名義、仮設人名義(木下正、玉川三郎等々)で左記銀行に各種且多額の銀行預金を有する

富士銀行九段支店

三菱銀行上野支店

三井銀行本町支店

日本信託銀行田村町支店

常盤相互銀行

日本相互銀行中野支店

青森銀行三沢支店

四、財産分与の請求

一、抗告人は離婚の反訴を提起し且財産分与の請求をした

これについては疏甲第十二、十三号証の記載を茲に引用する。

相手方の資産は抗告人と共稼により得たものであること、前記の如く相手方の資産は七千万円を超ゆること、離婚は相手方の不貞行為而かも抗告人の姪との不貞行為によるもので抗告人に対する絶大な侮辱であるから相当の財産の分与請求権がある。

五、仮処分の必要

一、相手方前記の如く本件仮処分の目的たる不動産の外所有株式の内若干を自己名義としてゐるが、株式はその所在が不明であり、本件不動産は何時他人名義に書換へるかわからない状態で、抗告人が離婚の反訴並に財産分与請求において勝訴しても、強制執行をすることが出来なくなる虞があるので、その執行保全のためこの申請をする次第である。

尚本件不動産は債権者株式会社三菱銀行上野支店に対する債務者百橋塗装工業株式会社の債務金壱千万円のため根抵当権の設定がある。

疏明方法

一、疏甲第一号証 戸籍謄本

抗告人と相手方が夫婦である事実を疏明する

一、疏甲第二号証(土地登記簿謄本)

一、疏甲第三号証(建物 〃 )

相手方が本件仮処分の目的たる不動産を所有することを疏明する

一、疏甲第四号証(期日呼出状)

一、疏甲第五号証(訴状)

一、疏甲第六号証(答弁書控)

相手方から抗告人に対する離婚の本訴が繋属していることを疏明する

(以上は原審に提出した疏明)

一、疏甲第七号証(反訴状)

一、疏甲第八号証(第一準備書面)

一、疏甲第九、十号証(口頭弁論調書)

抗告人から相手方に対し離婚の反訴を提起したことを疏明する

一、疏甲第十一号証(答弁書)

相手方が抗告人主張の資産を有することを自認してゐる事実を疏明する

一、疏甲第十二号証(第二準備書面)

一、疏甲第十三号証(口頭弁論調書)

抗告人が相手方に対する離婚の反訴において財産分与請求をした事実を疏明する

一、疏甲第十四号証(岩井探偵事務所の報告書)

相手方が抗告人の姪吉野八重子と同棲してゐる事実を疏明する

一、疏甲第十五号証(抗告人の手記)

相手方の現有資産は抗告人の協力によつて得たものであることを疏明する

一、疏甲第十六号証(百橋塗装工業株式会社工事経歴書)

相手方の事業発展資産形成の経緯を疏明する

一、疏甲第十七号証(百橋塗装工業株式会社登記簿謄本)

一、疏甲第十八号証(百橋工業株式会社の登記簿謄本)

一、疏甲第十九号証ノ一、二(登記簿謄本)

一、疏甲第二十号証(登記簿謄本)

一、疏甲第二十一号証(〃   )

一、疏甲第二十二号証(〃   )

一、疏甲第二十三号証(〃   )

一、疏甲第二十四号証(〃   )

相手方が自己の主宰する百橋塗装工業株式会社名義を以て不動産を所有する事実を疏明する

一、疏甲第二十五号証(登記簿謄本)

相手方が弟八郎名義で不動産を所有する事実を疏明する

一、疏甲第二十六号証(三菱銀行の信用保証書)

〃 第二十七号証(〃        )

相手方の主宰する百橋塗装工業及百橋工業株式会社は株式会社三菱銀行から各一億円の信用保証を得てゐる事実を疏明する。

右両会社の資産及信用は相手方の有する右両会社の株式の内容を表はすものである

一、疏甲第二十八号証(相手方の手帳)

相手方が株式を所有してゐる事実を疏明する

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